東京高等裁判所 昭和45年(ネ)922号 判決 1974年11月20日
控訴人
村中晃
右訴訟代理人弁護士
登石登
被控訴人
ヤマト化学工業株式会社
(旧商号株式会社大和護謨製作所)
右代表者
藤堂定男
右訴訟代理人弁護士
柏木薫
外二名
右輔佐人弁理士
中村宏
外一名
主文
本件控訴は、棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金一千百九十五万円及び内金七百万円に対する昭和三十九年五月十二日から、内金四百九十五万円に対する昭和四十三年二月一日から、いずれも支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
第二 当事者の主張
当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決十七枚目裏上欄七行目「同旨し」を「同視し」と、三十枚目裏上欄十行目「第二図面第一図」を「第二図面第1図」と、及び三十三枚目裏上欄二行目「第二図面」を「別紙第二図面」と各訂正し、並びに差止請求に関する部分を除く。)
一 控訴人の主張
本件特許発明の表張り工程において、「カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜」を用いることを、その構成要件とするものではない。この点に関する原判決の認定ないし判断は、甚だしく不当である。もつとも、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細なる説明の項に、前記状態における皮膜を用いる旨の記載があり、また、添附図面にも、実施例として複式カレンダーが図示されているけれども、これは、熱可塑性樹脂皮膜シートがカレンダー装置の圧延部分で作られるのが普通であることと、本件特許発明の方法に複式カレンダーを用いるときは前記圧延の次に布との張合わせを続いて行うことができて便利であることから、いわば便宜的説明として示したにすぎず、技術的必要に基づくものではない。熱可塑性樹脂は、その状態が既製皮膜であれ、複式カレンダーによる生成工程中のものであれ、あるいは、それ以前のペーストレヂンであれ、その性質上、加熱すれば軟化溶融し、冷却すれば固体となり、その繰返しが可能で、しかも、化学変化を起こさないものであるから、いずれの状態のものを用いても、これを融着温度にまで加熱してカレンダーリングにより布に張り合わせる場合には、完全な皮膜を形成することができ、本件特許発明における所期の効果を挙げることができるのである。この場合におけるカレンダーリングとは、平板加工に対比される加工方法であるロール加工を意味するもので、圧延ロールを持つ複式カレンダーのみを指すのではなく、二本のロールによる連続的な張合せ加工を行うものであるならば、ラミネーターロールによるラミネーティング(積層)をも含むものである。本件特許発明において、布の両側の皮膜を溶融温度に保ち、二本のロールで加圧する場合、その圧力はさほど大きいものでなくても、両皮膜の融着一体化が行われるから、二本のロールがともに金属であるか、一本がゴムロールであるかは、問うところではないのである。控訴人が、本件特許発明に関し特許庁に提出した特許異議答弁書及び答弁の理由補充書等の中で用いたカレンダーリングの語も、右と同様、単にロール加工を意味するにすぎない。したがつて、叙上控訴人の主張は、本件特許発明の明細書の記載を不当に拡張解釈したものではなく、また、控訴人が特許庁においてした主張と矛盾するものでもなく、被控訴人の(イ)号方法における既製皮膜を用いる点は、本件特許発明の技術的範囲に属する。仮に、叙上の主張が理由がないとしても、既製皮膜を用いることが生成工程中の熱可塑性樹脂皮膜を用いることと機能を同じくし、これを取り換えても同一の作用効果を生ずるから、(イ)号方法における既製皮膜を用いることは、本件特許発明の方法と均等であり、本件特許発明の技術的範囲に属する。
二 被控訴人の主張
本件特許発明において用いられる熱可塑性樹脂皮膜は、特許請求の範囲に明記され、発明の詳細なる説明にも記載されているとおり、「カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜」であり、控訴人の主張は、この限定を無視した、明細書の記載を逸脱した不当な拡張解釈に基づくものである。また、「カレンダーリング」が、控訴人主張のように、「二つのロール間で連続的に張り合わせていく方法」を意味することは、否認する。カレンダーリングは、熱可塑性樹脂コンパウンドを一定の厚さに連続して圧延し、フイルム又はフイルム状に成形したり、布や紙の面に被覆したりすることを意味し、フイルム又はシート状の材料を重ね合わせる操作を意味するラミネーテイングとは、質的に異なる。また、控訴人は、(イ)号方法は、本件特許発明と均等である旨主張するが、被控訴人の(イ)号方法による製品は、塩化ビニール皮膜と布地とが単に接着しているにすぎず、互いに剥がすことができる状態であり、本件特許発明における、表裏皮膜が布地を介して融着一体化し、剥離の憂いのない効果を奏する点とは、その効果を異にすることからしても、(イ)号方法において既製皮膜を用いることは、本件特許発明と均等であるとは、到底、いえない。なお、控訴人は、本件特許発明の出願審査の過程において、終始、本件特許発明は、下引塗料を必要としないカレンダー加工によるものである点に特徴がある旨主張し、その表張り工程が、カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜を、所定の布地に重ね合わせ、加熱ロールを用いて圧着させることに限定される旨強調した。しかるに、控訴人は、本訴においては、一転して、特許請求の範囲を広く解し、あらかじめ塩化ビニールペーストレヂンを含浸せしめた布地に、ラミネーターの方法により、既製の皮膜を加熱、圧着させる方法も、本件特許発明の技術的範囲に属すると主張するに至つた。このように、特許庁においては発明を狭く解しながら、裁判所においてはこれを拡張して主張することは、特許請求の範囲の解釈における、いわゆるフアイル・ラツパー・エストツペルの法理に背反し、許されないところというべきである。
第三 証拠関係<略>
理由
(争いのない事実)
一控訴人が、本件特許権(昭和三十一年二月八日特許出願、昭和三十二年十二月六日特許出願公告、昭和三十四年四月二十八日設定登録、登録番号第二五一、八九六号)の特許権者であつたこと(昭和四十七年十二月六日、その存続期間満了により本件特許権は消滅した。)、本件特許発明の特許請求の範囲は、「カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜の一面に、ナイロン、ビニロンのような熱可塑性樹脂よりなる繊維あるいはその他強力人絹、絹、綿等適宜の繊維を使用して、糸格子間隔面積約二十%以上に織成せる適宜組織よりなる布地を重ね合わし、加熱ロールを使用して圧着せしめ、次にこの布地を中間としてその面上に更に熱可塑性樹脂皮膜を、加熱状態において前記と同様の方法にて加熱接着させるか、又は前記二工程を同時に行い、あるいはドクター装置を使用して、熱可塑性樹脂皮膜を圧接せる布の他面に熱可塑性樹脂の塗料を塗布したる後、熱を加えて表裏の樹脂皮膜を中心布の組織目を通じて相互に融着一体化させ、後、必要に応じ型出ロールを使用して表面又は表裏両面に各種の模様を顕出することを特徴とする、布帛に防水性皮膜を形成せしめる方法」であること及び被控訴人が(イ)号方法すなわち別紙目録記載の方法を使用してビニール加工布を製造、販売していることは、いずれも当事者間に争いがない。
(当裁判所の判断)
二当裁判所は、被控訴人の(イ)号方法は、本件特許発明の構成要件である「カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜」を用いない点において、本件特許発明の技術的範囲に属するとすることはできないと判断するものであり、その理由は、次のとおり附加するほか、原判決の理由の二から六の部分と同一であるから、ここにこれを引用する。
(一) 当裁判所は、右認定、判断の証拠として、判定書並びに原審における鑑定人Dの鑑定の結果を附加する。
(二) しかして、この各証拠及び原判決の理由に挙示する各証拠を総合すれば、本件特許発明は、織物の両面に熱可塑性樹脂皮膜を塗布した防水布を製造する方法における従来の技術の欠点を克服して、下引塗料を必要とせず、加熱が均一で、かつ、皮膜の両面が布の糸格子間で融着一体化しつつ迅速、完全に皮膜を形成し、耐剥離強度が強く、良好な仕上がりの製品を得ることを目指したものであり、このことから、他の要件と併せて、「カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜」を表張り工程に用いることを、その構成要件としたものと認められ、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細なる説明の項にある前記状態の皮膜を用いる旨の記載並びに実施例の図示が、控訴人が当審において反論するように、便宜的説明にすぎないとは、到底、解し難い。原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中前記認定に反する趣旨の部分は、にわかに措信し難く、他にこの認定を覆えすに足る証拠はない。これに対し、被控訴人の(イ)号方法においては、表張りに際し、既製の塩化ビニール樹脂皮膜を用いるものであることは、当事者間に争いがないが、この皮膜をもつて、前記認定の状態にある熱可塑性樹脂皮膜と同一であるとは認め難いこと叙上認定から明らかであるから、この点において、被控訴人の(イ)号方法は、本件特許発明の技術的範囲に属するとすることはできないものというべきである。
(三) 控訴人は、(1)カレンダー法とはロール加工を意味するもので、ラミネーターによる加工をも含むものであり、また、(2)製造工程中に生成せられつつある加熱状態における熱可塑性樹脂皮膜も、既製の皮膜も、加熱、加圧してロール加工する場合には、熱可塑性樹脂として同一性状となる旨主張し、当審における本人尋問においてこれに添う趣旨の供述をするが、(1)については、カレンダー法は、圧延のみならず、その最終段階でフイルム状又はシート状材料を張り合わせる機能を併せもつ場合があるにしても、プラスチック加工便覧及びプラスチック用語集によれば、技術用語の通常の用法においては、ラミネーターとは区別され、技術内容を異にすると解するのが相当であるから、控訴人のこの点の主張は採用し難く、また、(2)については、既製の皮膜も加熱加圧してロール加工する場合には、熱可塑性樹脂としての性状が控訴人主張のとおりであることが本件特許発明の出願当時の技術常識に照らして肯認されるにしても、控訴人は、本件特許発明において、その表張り工程に、下引塗料を用いて皮膜を塗布する方法を排斥し、「カレンダー法による製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜」を用いることに限定し、その結果、所期の効果を奏しえたとして、本件特許出願をし、特許権を得たものであることは、前記特許請求の範囲の記載及び前掲各証拠(ただし原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中前記措信しない部分を除く。)に照らして明らかであるから、控訴人のこの点の主張は、採用することはできない。
(むすび)
三叙上のとおりであるから、(イ)号方法が本件特許発明の技術的範囲に属することを前提とする控訴人の本訴請求は、進んでその余の点について判断を用いるまでもなく理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから(なお、本訴中(イ)号方法による製造禁止を求める部分は、本件特許権存続期間の満了に伴い取り下げられた。)、本件控訴は棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九十五条及び第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(三宅正雄 中川哲男 秋吉稔弘)